陽と月との間で―明日をのぞむ―

私の物語と私の考えたことを私なりの言葉で紡ぎます。

小説 「春と妻とヨーグルトと」

 

トリプルヨーグルト×はてなブログ特別お題キャンペーン
「トリプルヨーグルトを宣伝してみよう」

トリプルヨーグルト×はてなブログ特別お題キャンペーン「トリプルヨーグルトを宣伝してみよう」
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 「トリプルヨーグルト・・・

  …森永ってヨーグルトも作ってたんだ……」

 

 いつも選ぶ商品の脇にある、見慣れないヨーグルトをつまみながら、のぞむは貼り付けてあるポップを眺めた。

 

【これ1個で3役こなす!働き者には働くヨーグルトを!】

【血圧、血糖値、中性脂肪。気になる3つをまとめて面倒みちゃいます!】

 

 ラインで送られてきた食材リスト。すみれの指定はいつもの銘柄のヨーグルトだ。のぞむは手にとった森永のヨーグルトを元に戻し、なじみのヨーグルトをカゴに入れる。が、しばらくじっと棚を見つめると再びトリプルヨーグルトを2つつかんだ。

 

 レジに向かう。並んでいる人とその手元をさり気なく覗く。

 

 「夕方にスーパーに来るサラリーマンはたいてい酒のつまみ用に惣菜を買うぐらいだから、レジの回転が早いのよ。それにカードやお札で払うから、小銭を探す主婦たちよりもスムーズに流れるわよ」

 

 のぞむはレバニラの惣菜に缶ビール2本を入れた背広の男性の後ろに並んだ。すみれの言うとおり、こちらのレジは動きが早そうだ。列の後におさまると、ぼんやりと考える・・・・・・。

 

 のぞむの母が病気になってから、やがて一年になろうとしている。共働きだった我が家の姿は大きく変わってしまったのもこの頃だ。妻のすみれは仕事で重要な立場を任されていたにも関わらず、認知症の診断が下った翌週には職場に辞表を提出していた。

 

「今まで私が仕事で頑張れたのは、お義母さんが家のことをしっかり守ってくれたからよ。今度は私が助けなくちゃ」

 

 親の病気にうろたえるばかりだったのぞむを尻目に、すみれは次々に手を打っていく。同じ病を家族に持つ人が集う勉強会への参加、医師との連絡、ヘルパーの契約や打ち合わせ、家庭でのルールづくりに子どもたちへの対応、井戸端会議を装ったご近所への周知。あれよあれよという間に、病気と戦う母への応援体制を整えるすみれを見て、のぞむは今までいかに妻に頼っていたかを思い知らされた。

 

 ある日、脱衣所に入るとすみれが棚にもたれて寝ていた。乾燥機に入れた衣類が出来上がるのを待っていたのか。椅子に座り、壁に体を預けたまま軽い寝息さえ立てている。心なしか肩が薄くなったように感じる。

 

ありがとうな… すみれを起こさぬようにそっとバスタオルを掛けると、のぞむは脱衣場の扉を閉めた・・・。

 

 

「今日から俺が買い物に行こう」

 

 なるべく普通に言ったつもりだが、すみれは驚いたように顔を上げた。

 

「買い物?お父さん、今まで買い物なってしたことなんてないでしょ」

「いや…うん…お前にばかり母さんのことを押し付けるのは悪いし、俺の親だからな」

 すみれはしばらくじっとのぞむを見つめ、ニッコリ笑った。

 「まずお米ね。5キロで2500円以内のもの。それからトイレットペーパーとティッシュなんかもお願い。それから…」

 「おいおい、そんなにたくさんは覚え切れんよ」

「それもそうね・・・じゃあ、リストを後でラインに送るから」

「うん、そうしてくれ」

 「あっ、大切なことが一つあった。、〇〇のヨーグルトは忘れないでね。私、昨日買うつもりだったのにすっかり忘れてて。」

 

 母のヨーグルト好きを初めて知った。そういえばすみれも好きだったな…。

〃自分の好きな人は親とどこか似ている〃 そんな文句をどこかで聞いた。のぞむは苦笑をすみれに気づかれないよう、咳払いをしながら玄関に向かった・・・・・・。

 

 買い物が終わり、バスに乗る。今日は早めの時間帯のせいかいつもより乗客も少ない。バスの手すりにつかまり、ぼんやりと車窓を眺める。道向こうの桜並木が見える。

 

 今日はすみれにもヨーグルトを食べさせてやろう。それも新発売のヨーグルトだ。オレたち中年の終わりにさしかかる年頃にはいろいろ嬉しいことが書いてあったしな。桜が好きなすみれと、来年も桜を見るためにも、まずは夫婦が健康でなくちゃ。

それに・・・・・・

 

 のぞむは揺れるバスにユラユラと身を預けながら考える。

 

 それに、妻、嫁、母の三役をこなすすみれは、まさに「トリプル」だから、このヨーグルトはピッタリなチョイスってわけだ。まあ、俺だって夫、父、サラリーマンのトリプルではあるけど、妻の三役に比べたらまだまだ気楽なもんだ。

 

 バスが一際大きなカーブを曲がる。つり革に力を込めながら目をやると、我が家へと続く道が見えてきた。

 

 

 

「ただいまあ」  

 

 返事がない。

 

 二階でごそごそと音がする。たぶんすみれが洗濯物でも干しているのだろう。のぞむはすみれに気づかれぬよう、床板のきしむ音を気にしながら台所に向かう。トリプルヨーグルトは食後のデザートまで隠して置いて、終わったら涼しげな器にでも入れて、突然出して脅かしてやろう。のぞむは愉快な気持ちを抑えながら冷蔵庫に向かい、扉を開ける。見つからないように奥の方に・・・

 

・・・あっ!

 

 のぞむは思わず声を上げた。

 

 ヨーグルトがある。しかも今さっき自分が買ったトリプルヨーグルトが4つも。のぞむは状況が飲み込めず、しばらくは冷蔵庫を開けっ放しのままで奥を見つめていた。

 

「あらあら、早く閉めちゃって下さいよ。冷気が逃げて電気代ももったいないから」

 

 いつのまにか妻が改段を下りていた。

 

「なあ・・・あの・・・あのヨーグルト・・・・・・」

「ああ、あれね。昨日買い物したときに目についたから買ってみたの。血圧や血糖値にも良いらしいし、後一つは何だっけ? それに、何より美味しいらしいわよ。隣の木本さんも食べてみたらしいの。本当は昨日食べる予定だったけど、私も忙しくて忘れちゃってたわ。今日の食後に食べてみない?」

「うん・・・・・・」

 

 のぞむは手に持っていたトリプルヨーグルトを後ろに回そうとしたが遅かった。

 

「あら! なーんだ、お父さんもおんなじヨーグルト買ってきたの?偶然ね!もしかしていつものヨーグルト、なかったの?」

 

のぞむは黙ったままエコバックからいつものヨーグルトを出した

 

 すみれは少し驚いたように、二つのヨーグルトを見比べていた。

 

「お父さん、もしかして、そのヨーグルト・・・・・・私に?」

 「あ、うん。なんか体にいいって書いてあったから。お互い歳だしな」

 

 すみれはからかうような目でのぞむを見つめていた。

 

「じゃあ、今日はちょっと贅沢して一度に二個分食べちゃいましょうか。ほら、プリンとかを入れるガラスの器に移して、ちょっとだけオリーブオイルとか入れて」

 

 のぞむはトイレに行くふりをして台所を足早に立ち去ろうとした。そのとき後ろから弾む声が聞こえてきた。

 

「お父さん!ありがとう・・・」

 

 いや・・・ありがとうはこっちのセリフだ。のぞむは小声でつぶやくとちょっとだけ手を挙げ、そのまま廊下を曲がった。やっぱりすみれには・・・妻にはかなわんな。あいつこそ「トリプル」だ。

 

 のぞむは廊下の窓から流れ込む柔らかな風を感じた。桜を散らせるこの風は、同時に新しい季節を運んでくるようだ。青く爽やかな空気が、のぞむを包んむ。

 

 もう春まっさかりなんだな。 

 

のぞむは思わず背伸びをした。

 

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