陽と月との間で―明日をのぞむ―

私の物語と私の考えたことを私なりの言葉で紡ぎます。

第一章『出会い』 (その3)

 ※「のぞむの物語」をいつも読んで下さってありがとうございます。ここまで読んで下さった方の中には「これはフィクション臭いな」と思われる人もいらっしゃるかも知れません。しかし、この物語は自身の経験をできるだけ虚飾は加えずに書き記しています。従って私以外の登場人物に関する心情を描く「三人称小説」的な表現は極力避けるよう心がけています。逆に、その時私が感じたこと、考えたことなどはできるだけ掘り下げて書いて参ります。言い訳がましい説明から物語を始めて申し訳ありませんでした。では引き続き「のぞむの物語」をお楽しみ下さい。

 

 では話に戻りましょう。

悪いとは感じつつも、中学生の私は好奇心を抑えきれずドアを開け、そして急いで体を滑り込ませ扉を背中越しにそっと閉めました。

 その部屋は……物置のような、あるいは衣装部屋のような、雑然とした部屋でした。靴を入れている箱、旅行用スーツケース、ちょっとした調度品……。それらが無秩序、無造作に置かれているだけでした。敢えてまとまりがあるとすれば、ざっくりと男物エリアと女物エリアとに分かれている……。そんな程度でした。一通り眺めてた私は、拍子抜けした気持ちと、なぜか安堵した感情がないまぜになったまま部屋を出ました。

 あのとき、私は何を予想し、何を期待していたのか。一言では言い得ません。性的な妄想だったか、それとも少しだけ不思議に見えた二人の関係を紐解く秘密を探していたのか。いずれにせよ、何かを期待して入ったことは確かなのですが、遠い記憶で薄いモヤがかかったようで、上手に表現はできないことをお許し下さい。敢えて印象に残った光景があるかと言われれば、女物の服の中になかなか見ない質感、形状の衣服があったことでした。煌びやかで妖しい服。軽くて柔らかく、そして何よりも薄さと小ささが目にとまる衣服群があったことでしょうか・・・。

 

 急いで部屋を抜け出しました。幸いなことに気づかれてはいないようです。それからしばらくたったころ、Sさんが帰って来ました。彼は私を緊張させまいと、少しおどけた様子で 話しかけてくれます。

「だいぶ暇しているようだね。『料理を早く出さなさいと横溝君が帰ってしまうぞ』って、妻を脅してくるから待っていておくれ。」

 Sさんはそう言いながら嬉しそうに台所に向かいました。更に30分ほど食事の準備に時間が掛かっていましたが、その間、私はテレビを眺め、戻ってきたSさんとおしゃべりをしながら楽しく過ごしました。

「遅れてすみません。豪華な夕食の準備がやっと出来ました!」

〝自分で『豪華な夕食』と言うなんて、ゆりさんは天然だな〟と可笑しく思いながら、私はSさんの後についてリビングに入りました。しかし私は、リビングに入るなり思わず立ち止まりました。もしかしたら「あっ!」と声を漏らしていたかも知れません。なぜなら私はここでとても不思議な、そして美しい光景を見たからでした……。

 

 ダイニングテーブルは美しく飾られ、美味しそうな食事が並んでいます。今までの部屋とは明らかに趣の異なる部屋でした。それが明かりの配置や照明器具のためなのか、それとも部屋の造りそのものが醸し出す印象なのか、私にはよくわかりません。それでも、部屋全体の様子が厳粛で、そして少しだけ妖しい輝きを放っていたと感じます。

 ゆりさんも、さきほどまでのラフな姿ではありません。髪は美しく結い上げており、長く白いうなじが淡い照明の中で艶めいています。服は黒いレースのワンピースに着替えられていました。丈が思ったよりも短く、長身のゆりさんが着ると膝上10㎝以上です。きれいで透き通るような、それいでどこかなまめかしい生足がキラキラしています。そして……ここまでならば特に代わり映えのない普通の〃素敵な服〃でした。

 しかし、私が声を上げたのは……ワンピースの素材でした。その頃の私ならば〃カーテン〃と表現したであろうレースのワンピースです。しかも、そのレースの目がとても粗く透けそうなのです。インナーなしでは着ることをためらうであろうざっくりとした編み目。部屋が暗くなっていることでかろうじてぼやけていますが、よくよく観察すると胸と下半身の一部は少し編み目が詰まっているようにも見え、かろうじて黒い陰となって隠されています。しかし、どうかすると下着が透けてしまうのではないか…という粗さであることに違いはありません。逆に背中やお腹周りは衣服としての意味を持たないほどの粗い編み目です。しかもゆりさんはその下にシャツを着ている様子が見られないのです。お腹に至ってはおへそのくぼみも垣間見ることができますし、血管が浮き出るような白い背中を十分に見ることができるものでした。私はふと、この服に見覚えがありました。先ほど忍び込んだ部屋。あそこにあった一着だったのです。

 

「さあ……どうぞ」

 ゆりさんはくるりと翻り、背中を見せながら私を先導しました。私は軽い目眩を感じながら彼女の背中をぼんやり眺めていました。と、あることに気づきました。ゆりさんの背中には一切の横切るラインがありません。編み目の奥で輝くのは、全て彼女自身の白い肌のみ。どこにも粗い編み目の下の布地が見られないのです。

〝もしかして……ノーブラ!?〟

 私はどきまぎしながら席に着きました。四角いテーブルの三方にそれぞれが座ります。Sさんを中心として、私が右側、ゆりさんは左側でした。従ってゆりさんは私の正面に座ることになります。私はそのときはじめて彼女を間近に、そしてはっきりと見ることが出来ました。やはり、私の想像したとおりでした。ゆりさんはワンピースの下には何もつけていません。なぜなら、彼女の美しい双丘の頂点に桜色の彩りが垣間見られたからです。とても白い肌、さらには暗い照明のおかげで、よく目を凝らさなければ気づかないかもしれません。しかし、ゆりさんが少し動くたびにその桜色が編み目の向こうで切なく歪み、擦られる様子が見えるのでした。

 私は自分でも気づかないうちに、かなり凝視をしていました。そして後から思えば、私が食い入るように見つめるその様子を、Sさんはじっと観察していたのだと思います。どれくらい時間が経ったでしょう。あまりに見つめすぎていることに気づいた私は、我に返ってゆりさんの顔に視線を戻しました。そのときのゆりさんの表情を、私は一生忘れることができません。

 ゆりさんはかなり上気した、得も言われぬ表情を湛えていました。大人になった今ならば〃忘我〃、〃恍惚〃といった語彙で表されるようなあの瞳と唇。私は体中に興奮の血がたぎるのを感じていました。

 そしてそのとき、ゆりさんの視線は私ではなくSさんに向けられていました。彼にお伺いを立てるような、許しを乞うような、そして何か言葉をかけてもらいたいような、そんな表情でした。

 私は視線をSさんに移しました。彼はゆりさんをじっとご覧になり、とても優しそうな、しかし威厳に満ちた表情をしていました。まるで初めておつかいという冒険に出る我が子を、愛しそうに、しかし毅然とした態度で送り出す親御さんの顔のようでした。

 Sさんは、ゆりさんから名残惜しそうに目を離すと、ゆっくりと私に視線を移しました。その時の目!それはそれは複雑な輝きでした。

怒り・嫉妬・非難・恫喝・・・。ありとあらゆる負の感情。しかし同時に、誇り・喜び・自慢・ひけらかし・・・。明らかに勝利を確信する目でもあるのでした。

 私は思わず目を伏せました。私の中で恐怖と興奮、敗北と歓喜、逡巡と欲望とが渦巻きます。その瞬間Sさんが沈黙を破りました。

「さあ、横溝君の我が家でのデビューを祝して、乾杯をしよう!」

 

 それが「宴」の始まりの合図でした。

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※画像はイメージです