陽と月との間で―明日をのぞむ―

私の物語と私の考えたことを私なりの言葉で紡ぎます。

苦しい

本当に辛くて、辛くて。

 

ここ数日、結愛ちゃんの最期の様子が裁判で明らかになってきている。

 

子どもは親を憎めない。憎めないんだよ。

 

私は大人になって、たくさん勉強して、それでも親のしたことを「怒り」「憎む」ことが出来るようになるまでは何年もかかったんだよ。

 

小さい子どもにとって、親はただ大好きな人であり、大切な人であり、愛する人なんだよ。「憎む」なんて回路、持ってないんだよ。

 

それだけに切ないね。最期の最期まで笑顔を見せようとした結愛ちゃんが、昔の自分とかぶる。

 

私はたまたま偶然生きていられたけれど、いつ結愛ちゃんと同じ側に回ってもおかしくなかった。生きていても、ずっとこの苦しみと闘っているけれど、それでも生きていることが今は素直に嬉しいし、幸せだと思う。

 

とにかく苦しい。辛い。冷や汗が出て、息が出来なくなる。でも、結愛ちゃんはもっと辛かったろうな。

 

天国があるならば、そこでたくさん美味しいものを食べて、たくさん遊んで欲しいよ。

 

新聞の校正

 最近、新聞にコラムを書きませんか?というお仕事が舞いこむようになりました。もともと書くことが好きで、自分の書いた文章が新聞様に載るなんて素敵だ!と単純に思っていましたし、以前は兼職兼業が厳しくされていましたが、ここ数年だいぶ緩和されてきたという職場の事情もあって、食い気味に「書きます!書かせて下さい!」とお願いし、現在連載しています。

 新聞に書いたときに最も新鮮だったのは「自分の文体にも癖がある」という、考えてみれば至極当たり前の事実でした。自分で言うのも何ですが、書くことは好き、であるだけではなく、得意!という自覚さえ持っており、人に直された経験がほとんどなかったので、それなりの自信は持っていました。

 ところが、いざ新聞に原稿を送ると〃バッサバッサ〃と音が聞こえるぐらい、大胆にカットされる文章に愕然としました。「俺の書いた文章に手を入れやがって!」と怒る気力もなくなるぐらい、それはそれは気持ちの良い校正です。

 そしてそれがまた一つひとつ適切な校正なんです。特に私がしがちな「トートロジー(無意味な反復)」をことごとく指摘し直してくる。文章の終わりごろには、爽やかな気分にさえなりました。

 徒然草に「先達はあらまほしきことなり」という文言がありますが、自分の至らなさ、未熟さ、そしてその未熟さに気づかない愚かさに改めて鉄槌を下された気分です。

しかし、それ以降自分の文章を他者の目で眺めるよう、意識だけはすることが可能となりました。とても大きな成長だと個人的には思っています。

 今週締切の記事をようやく書き上げました。これからまた「校正のムチ」を甘んじて(半ば心地よく)受けようと思います。

ワンペダルという発想(続報)

昨日「ワンペダルという発想」という記事を書きました。

 

nozomu-yokomizo.hatenablog.com

 

すると早速こんな記事がネットに上がっていました。

headlines.yahoo.co.jp

 

素晴らしい!科学や技術がこうして幸せになる人を増やすのは素敵だと思います。

このような取り組みがもっともっと増えるといいですね!

 ―ワンペダルという発想― 被害者、加害者を生まない科学へ

 

またもや痛ましい事故が起こってしまいました。

headlines.yahoo.co.jp

 

人生の後半をこのような事故によって狂わせてしまう。

自分自身の人生だけではなく、多くの人々の人生を一瞬にして変えてしまう。

被害者の方々、そのご家族の方々の心情はもちろんですが、

図らずも加害者となってしまった方、そしてそのご家族もまた、

辛く苦しい日々となってしまうことを思うと、なんともやりきれません。

 

少し話が変わるのですが・・・・

 

事故を起こした多くの人が異口同音に答える

「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」

というフレーズ。

 

よくよく考えると、このフレーズにこそ多くの問題が潜んでいると

思います。私は機械工学や人間工学にはまったく疎い人間ですが、

ここから先は素人の発想としてお聴き下さい。

 

車の操作は主に次の二つのペダル操作によって制御されます。

 

アクセル=(前後に)車を動かすために「踏む」ペダル

ブレーキ=車を止めるために「踏む」ペダル

 

つまり

車を動かすための身体所作と

車を止めるための身体所作とが

「踏む」という同一の行動によって行われるということなんです。

 

これって、よくよく考えたらおかしくないですか?

車に対するまったく反対の指令を

「踏む」という同じ動作で行う。

差異はほんの数センチを隔てた「左右」のペダルの位置関係のみ。

 運転に慣れた、そして身体を思い通りに動かせる人ならばOKでしょう。

 しかし、初心者、そして身体のコントロールが昔ほど上手ではなくなってしまった方々にとって、ほんのわずかな左右の位置関係のみという「差異」はとてもハードルが高いと思ってしまいます。

 私だって、いつかは歳を取ります。今のようなスムーズな運転や、とっさの判断が難しくなるかもしれません。そのときに、この僅かな差異を今までどおり操ることが出来るでしょうか?とても不安になってしまいます。

 

 科学も技術も人のためにあるもの。ならば、この微妙な差異を克服する新しい操作法を編み出すことは決して不可能ではないと思います。

 

・・・・と、ここまで考えたときに思い出したのが日産の自動車。

なんでも「ワンペダル」というシステムが採用されているそうなんです。

 

実は私の知り合いの70代の方が最近自動車を日産に買い換えましたが、

その車が「ワンペダル」でした。彼曰く

 

「これ、なかなかいいよ~。最初は戸惑ったけど、今は全然こっちがいいね。だって、危ないって思ったとき、足を離しちゃえばいいんだから」

 

なるほど!

 

アクセル=(前後に)車を動かすためにペダルを「踏む」

ブレーキ=車を止めるためにペダルを「離す」

 

これならば

車を動かすための身体所作と、車を止めるための身体所作とが

「踏む」「離す」という異なる行為によって明確に分離されます。

 

 もちろん慣れも必要でしょう。けれども一旦慣れてしまえば

「踏み間違える」ことは激減するのではないでしょうか?

なぜなら車を止めるための動作は、

もはや「踏む」ことではないのですから。

 

 私は一度も日産の車に乗ったことがありませんし、

もちろん日産からお金ももらってませんが(笑)。

しかし、よい技術については試してみたいと思っています。

また、これ以外にもまったく異なる発想で「踏み間違い」

を克服する技術があると聞いています。

 

 科学や技術が、人に寄り添うためにどんどん使われてほしいと思います。

人の知恵が、被害者はもちろんのこと、加害者も生まないために役立つことを

心から願っています。

 

「ワンペダル」の車、今度試乗してきます!

 

追記 はじめに紹介した福岡の事故については、運転手の方が運転中に意識を失っていた可能性があると、先程報道していました。この場合は、私のワンペダルの話もまったく見当違いのものとなってしまいます。どうすれば、このような事故がなくなるのか、素人ではありますがこれからも考えていきたいと思います。

 

 

      

二つの「決断」 ―人であり続けるために―

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母が亡くなった。

 

介護して2年。

ほぼ寝たきりの状態だった。

認知症介護のような精神的疲労はなかった。

介護としては恵まれていた環境と期間だったと思う。

 

ただ

心は揺れていた。

ずっと

ずっと葛藤していた。

 

なぜなら……

 

 

 

私は虐待されていたから。

生きるのが辛くなる虐待を

実の母から受けていたから。

 

虐待死の話題がニュースで流れるこの頃。

話題が出る度に、喉の奥から鉛のような不快感がこみ上げる。

視野が狭まる

震える。

息が出来なくなる。

 

あれから40年以上が経った。

しかし今でも、私を震えさせるあの記憶。

 

私は逃げた。

生き延びた。

かろうじて助かった。

 

しかし、どこかで何かが間違えば……。

私も「虐待死」として報道されただろう。

 

 

サバイバーとして生きる日々。

心に闇を抱え、世間の無邪気な「家族愛幻想」に傷つき続けた。

けれど……それでも自身もその愛を求め歩いた。

 

今、私には家族がいる。

さまざまな問題を抱え、辛いときもある。

しかしそれでも家族と呼べる者がいる。

 

血は繋がっていないが、大切な娘もいる。

娘が幼い頃は自らに流れる虐待の血を恐れた。

幸いなことに、私の負の遺伝子が暴れることはなかったが。

 

私の人生に重く暗い影を残す母。

 

その母が倒れた。介護が必要になった。

もはや動ける身ではないと言う。

 

「のぞむちゃん。ずっと親不孝してたんだから介護ぐらいはしっかりしなさい」

電話口の向こうで、遠い親戚が諭すように話す。

 

親不孝?私が?

産みさえすれば誰でも『母親』か!?

喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「もう、今は動けないのよ」

その言葉を聞いたとき初めて震えが少し止まった。

 

病室の母は変わっていた。変わり果てていた。

竹刀や革のベルトやフライパンで、私を気絶するまで殴った母。

あの取り憑かれた笑みは、顔の皺のどこを探してもない。

真っ赤に塗った爪の先で、私の皮膚をつまんで引きちぎる母。

髪を振り乱したときの甘ったるい香水の香りはどこに漂っていない。

 

そこにあるのは

細くとがった骨を僅かばかりの皮。

そこに漂っていたのは

籠もり、淀んだ異臭。

哀れなただの老婆の肢体。

 

私はベッドに近寄れなかった。

突然起き上がると私の手首を掴み、ひねりあげる。

そのまま床にたたきつけられてしまう。

そんな幻影が浮かんでくる。

 

「何度も念を押されたから、あなたの居場所は教えなかったけど……

あれで良かったのかねえ。」

遠い親戚の女性がのんびりと話す。

「とにかく、親なんだからきちんと面倒見ないと!ね!」

 

女性が部屋から出ていく。

私は遠くからじっと母を見つめた。

もはや意識があるのかないのかもわからない。

口を開け、微かに胸が上下する。

それだけがかろうじて生を主張している。

 

恐怖と怒り。

逃避と憎悪。

憐れみと征服感。

悲しみと侮蔑。

 

制御できない感情があふれ出し、思わず壁を叩きつけた。

一度も母に近寄る事なく、逃げるように家に帰った。

 

迷った。

迷った。

「迷い」の日々が続いた。

 

苦しくなったある日

娘に心の内を話した。

 (妻は重い病で話が出来ない。娘には過去を怖がらない程度に話していた。)

 

娘がぽつりとつぶやいた。

「怖いなら逃げればいいよ。

辛いならやめればいいよ。

嫌いなら憎めばいいよ。」

 

そうだ。

そうだよな。

 

今はいつでも逃げられる。

今は簡単にやめられる。

今なら存分に憎むことが出来る。

 

そう考えたら楽になった。

 

愛しているから。

好きだから。

育ててくれたから。

だから看取るのではない。

 

私は人としてありたいだけだ。

母のような酷い鬼ではない自分でありたいだけだ。

 

家族を持つことができた幸せな一人の人間として

子どもを愛し、慈しむことの出来る人として

母の最期を看取るべきだ。

 

だから「決断」した。

母を介護する。

 

最期まで赦さなかった。

最期まで赦せなかった。

 

だから……最期まで看た。

体を清め、食事を与え、言葉を掛けた。

母が私にしなかったことの全てを、

私はぜんぶ〃してやった〃。

 

鬼だった母を

私は鬼になることなく

人として送った。

 

母もまた

最期は人の顔に戻り

この世を旅立った。

 

私は自身の命が尽きるとき

この「決断」を誇りに思うだろう。

 

私がもしも死ぬときには

誰かに「ありがとう」と言ってもらいたい。

 

だから、新たに「決断」する。

今を精一杯生きよう。

私の周りの人々を力一杯愛そう。

 

鬼から生まれた私が人であり続けるために。 

 #「迷い」と「決断」

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私は母性を認めない ―サバイバーのつぶやき―

 


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 「母性」 

 この言葉を聞く度に、私は強い違和感を覚えます。もっと正確に表現するならば「強い違和感程度に自身の感情をコントロールできるようになっています」となるでしょうか。以前はこの言葉を見たり聞いたりする度に、やるせない悲しみと、たぎるような憤りと、視界が閉ざされ手足の温かみが急速に奪われる恐怖を感じていましたから。 

 「母性」。 

直訳すると「母としての性」。ただしここでの「性」は「さが」の意で用いられており〃生まれ持って身についている性質・本能〃を指しています。ですから適切な意訳としては、「女性ならば誰でも生まれながらにして身につけている、母としての性質・本能」となるでしょうか。

 

 では「母としての性質」とは何でしょうか?それはきっと子どもへの無償の愛情、どこまでも大きく深く絶えることのない我が子に対する慈しみの感情、時や場所を選ばずに常に子どものことを第一に考える女神のような姿勢。これらを指すものと思われます。

 

しかし、本当にそうでしょうか?

 

本当に、女性ならば誰でも生まれつき我が子を愛する感情を本能として持つのでしょうか?子ども第一に考えることを無意識にできるのでしょうか?

 

どんなに反対されても私は断言します。

 

 「母性」。

  それは決して元から存在することはありません。いや、この表現では誤解する人もいるかもしれませんので訂正します。「母性」は決して「性(さが)」ではありません。すなわち、女性ならばいかなる人間でも「母性」を本能として備えている、ということはあり得ないことだと思っています。

 

母性とは一つの特質であり、「怒りっぽい」「優しい」「暗い」などと同列に扱うべき、個性の一つに過ぎません。人格や性格が環境によってより強化されたり、矯正されたりするのと同じく、「母性」もその後の環境や本人の気づきや学び、更には後に出会う人々との関係性によって大きく変化していくものです。

 

 にもかかわらず「母性」だけが、あたかも人として当然備わっている本能のように扱うところに、大きな危険性を感じます。なぜなら「母性」=本能と定義づけした瞬間に、人は「母性を習う、母性を育てる、母性を学ぶ」ことを放棄するからです。

 

 夫の虐待(暴力)を〃怖かったから〃という理由だけで止めなかった女性。大やけどをした娘をラップに巻いて遊びに出かける女性。これらニュースを聞いて、多くの人が悲しみます。そして怒り、憤ります。そして多くの人が言葉をこう続けます。

 

「母親なのにどうしてあんなひどいことが出来るのかしら」

 

母親なのに? 私はやっぱりそこで足踏みをしてしまいます。

そして時にはこんな風につぶやいたりもします。

 

「母親だからあんなにひどいことが出来るんだよ」

 

 私の以前からのお友達は既にご存じですが、私は「サバイバー」です。「生還」してきた者です。

(※ちなみに欧米では幼児虐待を受けて、それでもなお今を懸命に生きようとする者たちを、尊敬の念を込めて「サバイバー(生還者)」と呼びます)

 

 私は実の母から過酷な虐待を受け、時には自分の人生が途切れそうになりました。今ここに生きていることがちょっと不思議に思えるぐらい、苦しい時間を過ごしてきました。私にとって、母とは「殴る人、蹴る人、針で刺す人、食事にゴミを入れる人……」の総称です。(ごめんなさい。これ以上綴るとフラッシュバックが起きそうになるのでやめます)

 

 だからこそ断言します。女性が全て、生まれながらにして「母性」を持っていることは断じてありません。「母性」は育てるもの。「母性」は学ぶもの。そして母性は「性(さが)」ではなく「努力」なのです。

 

 最近、心愛ちゃんの公判内容をネットニュースで読む度に、ふと気づくと手足の痺れが始まるようになってきました。私は私自身の中のトラウマと再び向き合い、闘わなくてはならないようです。でも私は負けません。せっかくサバイバーとして「生還」してきたのですから。

 

 世のほとんどのお母さんたち(もちろんお父さんたちも)は我が子を愛し、慈しんでいると思います。

 

 そして、どうかそれを当たり前のこと・常識だよ!とは思わないでほしいと願います。それはもしかしたらあなたの親御さんが身を持って教えてくれたことかもしれません。あるいは子育ての中で自ら学んだものかもしれません。もしかしたら迷いや葛藤の中で身につけた人もいるでしょう。

 

きっと

 

子どもを愛せる人は自分を愛することを学んだ人であり、

子どもを守れる人は自分を守ることを学んだ人です。

 

 父性も母性と全く同様に学ぶものだと思います。父性もまた、迷い、気づき、考える姿勢の中から育まれるものです。私もまた、親から学べなかった「父性」を学び直しました。虐待の連鎖が続かぬよう、薄氷を踏む思いで自らの行動を冷静に見つめてきました。お陰様で、娘達は元気に育っています。

 

母性、父性で子どもを大きく包み込む人を「当たり前だ」と思わないこと。

それって実はすごく大切なことだと思っています。

 

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第三章『触れ合い』 (その1)

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画像はイメージです

 女性服売り場へ向かうために三人でエスカレーターを降りながら、私は奇妙な浮遊感を感じていました。目的地までの道のりが遠く、照明がいつもよりも煌びやかで妙に目に映りこんできます。光沢のある大理石調の床が、Sさんとゆりさんの足下を照らしていました。映画のヒーローとヒロインが私の目の前を闊歩してゆき、その光景に見とれるファンがドキドキしながら後をついていく・・・・・・そんなイメージです。なぜか現実の出来事とは思えない、艶めいた大人の童話の世界に迷い込む錯覚さえ覚えます。

 

 二人が向かったのは、高校生のような私にさえ名前を知っている高級ブランドの店舗でした。ゆりさんは慣れた様子で店内に入ると楽しそうに選び始めます。女性にしてはさほど迷いもせず、ゆりさんは候補を選び出しました。確か3~4着程度だったでしょうか。どれもゆりさんに似合う美しく優雅なワンピースでした。今、ゆりさんが来ているワンピースよりは露出も少なく、いわゆる「上品な」印象のものばかりでした。一着は袖があり、残りはノースリーブ調のもの。そして2着は膝上のタイトミニで、残りはフレア調と言ったところでしょうか。当時は女性の服のバリエーションに疎く(まあ、今でも詳しくはありませんが)、おおざっぱにしか理解していませんでしたが、そんな私でも一目で「品格」「優雅さ」と言ったキーワードで括る事のできるものばかりです。 

「この中から一着選びたいのだけれど、どれがいいかしら。」

ゆりさんは美しい額に少しだけ影を刻みながら私に問いかけます。

「うーん、どれでもゆりさんに似合うと思いますけど。」

私は思い切って大人びた、けれど本心を言ったつもりでした。しかしゆりさんは笑いながら

「おばさんだからってからかっちゃダメよ。みんな高くて全部は買えないから、どれかに絞らなくちゃいけないの。私はみんな気に入っちゃって正直選びきれないから、横溝君にお願いしているんじゃない。」

 ゆりさんが口をとがらせながら私に詰め寄ってきます。 私はどぎまぎして思わず後ずさりをしてしました。同時にかすかな後悔の念が湧いてきます。素敵な女性の前で臆さず対等に渡り合えたら……。

「Sさんはどれがいいと言っているんですか?」

「主人は『どれでもいいよ、全部似合ってるよ』なーんて適当に言うのよ。あっ、考えてみれば横溝君と同じ事言ってる!やっぱり君も私の服を選ぶのは面倒くさいと思ってるんでしょ!」

 ゆりさんが軽く私をつねろうとする動き。私はそれを受け止める年下の男性の純粋さをアピールすべきか、かわしつつさりげなく振る舞う大人を演出するべきか一瞬迷いましが、後者を選びました。と同時に心の中で少しずつ余裕が生まれてきます。 

「今日買う予定の服は、何か目的があるんですか?例えばお仕事で着るとか、Sさんと旅行に行くための服とか、あるいは同窓会出席用だとか……」

 私の言葉が全ていい終わらぬ前に、ゆりさんは急に目を輝かせました。

「横溝君、すごいわ!そうそう、本来、服って雰囲気や状況に応じて選ぶものでしょ。でも、そんな風に聞いてくれた人は店員さん以外では君が初めてよ。今回の服は基本的には外出用だけど、たぶん友達と会ったり、一人でふらっと買い物に行くときの、みたいな感じかなあ。」

「なるほど……。だったらこれなんかいいんじゃないですかね」

 私はいかにも考えるふりをしながら、ある服を指さしました。けれど、実は示された数着の服を見たときから、私は既にある服に絞っていました。それは私自身の好みであり、そしてきっとSさんの好みでもあるだろうと感じていたからです。

 その服は真っ白で輝きのある布質でした。デザインも上品で、切り返しがはっきりしており、ノースリーブの袖と膝上のタイトミニが彼女の体を一層美しく見せる細身のデザインでした。生地は〝秘密の宴〟や、今着ているワンピースのような透け感も無く、柔らかな風合いのものです。

 私はハンガーを持ち上げてゆりさんの体に当てる仕草をしながら、洋服との相性を確かめました。いえ、もっと正確に表現するならば〃相性を確かめる大人の振る舞いをしました〃となります。こうしてゆりさんの服を見繕う自分は、とても大人で洗練された人間のようです。その喜びは、私の肌の奥側からサワサワと湧き出てくるものでした。

 そして実際、ゆりさんとその服はとても似合っており、白い肌と渾然一体に溶け合うイメージが、逆にヌーディーな魅力すら与える様子は圧巻でした。ちらっと値札を見て、思わず声を出しそうなほど高かったのも衝撃でした。

「僕もその服がいいと思ってたよ。やっぱり横溝君と僕は趣味が一緒だね!」

 いままでどこにいたのか、Sさんが急に背後から声を掛けてきました。その時私は我に返り、ゆりさんから少し離れました。ゆりさんのほうは私の動きにまったく気づかず、Sさんのほうを見ると呆れたような顔をします。

「まあ、あなたったら。私が聞いたときには『どれでもイイよ』って言ってたくせに!ずるいわね、ねえ、横溝君?」

「まあまあ、そう言うな。でも本当に似合うよ。一度試着をしてみるといい。向こうに試着ルームがあるから行こう」

 怒る〝ふり〟のゆりさんに頭を掻きながら謝る〝ふり〟のSさんを眺めながら、そのわざとらしさが逆に互いの愛情の確認であることをぼんやりと眺めていた私に、Sさんが声を掛けます。

 

「あれ?横溝君も一緒においでよ。女物の店に一人だけ男がいても浮いちゃうよそれともこのまま残るかい?」

「あっ、いや、は……はい……」

「それにゆりの試着、手伝ってあげてよ。」

「手伝う?」

 私は思わず聞き返しました。するとSさんはゆりさんの顔をじっと見据えながら

「ねえ、ゆり。君も横溝君に手伝ってほしいだろ?」

 そのときのSさんの顔を私は今でもはっきりと思い出すことができます。それは小ウサギを崖の端まで追い詰めたオオカミのような、あるいは身動きできずに硬直したカエルにゆっくりと近づく蛇のような、〃捕食者〃のギラつく瞳でした。

「はい。私も横溝君に手伝って欲しいと思ってました。」

 ゆりさんはなぜか敬語になり、震える小さな声で答えました。それと同時に、ゆりさんのチョーカーに巻かれた折れるほど細い首が大きくうねりながら息を吸い込む様子を、私はただぼーっと見つめていました。

「あ、あのー。試着室はとても狭いので二人も入れないですし……そもそも女性の試着ルームに男が入るのはお店の人も嫌がるっていうか……」

 私が口ごもりながらもすがるように反論する声を、Sさんは半ば遮るように、

「大丈夫だよ。僕らはここによく買い物にくるから、お得意様として別な個室が用意されているんだ。ただの試着室じゃない。〝試着ルーム〟さ!」

 その声は丁寧で優しいのです。しかし同時に低く太く、反論も拒否も許さない強さがありました。私もゆりさん同様に半ば夢見心地のまま返事をします。

「そう…なんですか。それなら安心ですね。」

 

 今から考えると場違いで間抜けな返しだとわかりますが、そのときの私の目はただひたすらにゆりさんに向けられていました。ゆりさんしばらく私に済まなそうな顔を向けていました。しかしその目の縁はほんのりと朱に染まり、濡れたような唇は妖艶な舌が這い回りそうな厚みを持って開いていました。そして、その顔がそのままSさんへと向けられたとき、私ははっきりと自覚しました。

〝ゆりさんもこの状況を望んでいる!?〟

いや、もっと正確に表現しましょう。

〝ゆりさんはこの状況を望んでいるSさんの望みを叶えられる自分を望んでいる!〟

この瞬間、たわいのないショッピングがこれ以上ない官能的な輝きを持った〝劇場〟へと変わっていくのでした。