陽と月との間で―明日をのぞむ―

私の物語と私の考えたことを私なりの言葉で紡ぎます。

二つの「決断」 ―人であり続けるために―

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母が亡くなった。

 

介護して2年。

ほぼ寝たきりの状態だった。

認知症介護のような精神的疲労はなかった。

介護としては恵まれていた環境と期間だったと思う。

 

ただ

心は揺れていた。

ずっと

ずっと葛藤していた。

 

なぜなら……

 

 

 

私は虐待されていたから。

生きるのが辛くなる虐待を

実の母から受けていたから。

 

虐待死の話題がニュースで流れるこの頃。

話題が出る度に、喉の奥から鉛のような不快感がこみ上げる。

視野が狭まる

震える。

息が出来なくなる。

 

あれから40年以上が経った。

しかし今でも、私を震えさせるあの記憶。

 

私は逃げた。

生き延びた。

かろうじて助かった。

 

しかし、どこかで何かが間違えば……。

私も「虐待死」として報道されただろう。

 

 

サバイバーとして生きる日々。

心に闇を抱え、世間の無邪気な「家族愛幻想」に傷つき続けた。

けれど……それでも自身もその愛を求め歩いた。

 

今、私には家族がいる。

さまざまな問題を抱え、辛いときもある。

しかしそれでも家族と呼べる者がいる。

 

血は繋がっていないが、大切な娘もいる。

娘が幼い頃は自らに流れる虐待の血を恐れた。

幸いなことに、私の負の遺伝子が暴れることはなかったが。

 

私の人生に重く暗い影を残す母。

 

その母が倒れた。介護が必要になった。

もはや動ける身ではないと言う。

 

「のぞむちゃん。ずっと親不孝してたんだから介護ぐらいはしっかりしなさい」

電話口の向こうで、遠い親戚が諭すように話す。

 

親不孝?私が?

産みさえすれば誰でも『母親』か!?

喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「もう、今は動けないのよ」

その言葉を聞いたとき初めて震えが少し止まった。

 

病室の母は変わっていた。変わり果てていた。

竹刀や革のベルトやフライパンで、私を気絶するまで殴った母。

あの取り憑かれた笑みは、顔の皺のどこを探してもない。

真っ赤に塗った爪の先で、私の皮膚をつまんで引きちぎる母。

髪を振り乱したときの甘ったるい香水の香りはどこに漂っていない。

 

そこにあるのは

細くとがった骨を僅かばかりの皮。

そこに漂っていたのは

籠もり、淀んだ異臭。

哀れなただの老婆の肢体。

 

私はベッドに近寄れなかった。

突然起き上がると私の手首を掴み、ひねりあげる。

そのまま床にたたきつけられてしまう。

そんな幻影が浮かんでくる。

 

「何度も念を押されたから、あなたの居場所は教えなかったけど……

あれで良かったのかねえ。」

遠い親戚の女性がのんびりと話す。

「とにかく、親なんだからきちんと面倒見ないと!ね!」

 

女性が部屋から出ていく。

私は遠くからじっと母を見つめた。

もはや意識があるのかないのかもわからない。

口を開け、微かに胸が上下する。

それだけがかろうじて生を主張している。

 

恐怖と怒り。

逃避と憎悪。

憐れみと征服感。

悲しみと侮蔑。

 

制御できない感情があふれ出し、思わず壁を叩きつけた。

一度も母に近寄る事なく、逃げるように家に帰った。

 

迷った。

迷った。

「迷い」の日々が続いた。

 

苦しくなったある日

娘に心の内を話した。

 (妻は重い病で話が出来ない。娘には過去を怖がらない程度に話していた。)

 

娘がぽつりとつぶやいた。

「怖いなら逃げればいいよ。

辛いならやめればいいよ。

嫌いなら憎めばいいよ。」

 

そうだ。

そうだよな。

 

今はいつでも逃げられる。

今は簡単にやめられる。

今なら存分に憎むことが出来る。

 

そう考えたら楽になった。

 

愛しているから。

好きだから。

育ててくれたから。

だから看取るのではない。

 

私は人としてありたいだけだ。

母のような酷い鬼ではない自分でありたいだけだ。

 

家族を持つことができた幸せな一人の人間として

子どもを愛し、慈しむことの出来る人として

母の最期を看取るべきだ。

 

だから「決断」した。

母を介護する。

 

最期まで赦さなかった。

最期まで赦せなかった。

 

だから……最期まで看た。

体を清め、食事を与え、言葉を掛けた。

母が私にしなかったことの全てを、

私はぜんぶ〃してやった〃。

 

鬼だった母を

私は鬼になることなく

人として送った。

 

母もまた

最期は人の顔に戻り

この世を旅立った。

 

私は自身の命が尽きるとき

この「決断」を誇りに思うだろう。

 

私がもしも死ぬときには

誰かに「ありがとう」と言ってもらいたい。

 

だから、新たに「決断」する。

今を精一杯生きよう。

私の周りの人々を力一杯愛そう。

 

鬼から生まれた私が人であり続けるために。 

 #「迷い」と「決断」

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