陽と月との間で―明日をのぞむ―

私の物語と私の考えたことを私なりの言葉で紡ぎます。

第二章『近づき』 (その3)

f:id:nozomu-yokomizo:20190507180212j:plain

画像はイメージです

「ゆりの服選びはお楽しみに取っといて、先にぼく達が見立てておいた横溝君へのプレゼントがあるけれど、見に行かないか?」

 Sさんはゆりさんと私とに流れる微妙な空気をよそに、あくまで穏やかな口調でした。しかし私は騙されません。Sさんはこの状況を堪能しているのです。味わっているとも言えるでしょう。それが小さな憤りとも、あるいは共感ともつかない痒みに似た感覚となって私の肌を駆け巡ります。一方で私は自分自身の混乱の中にいることを素直に認めなくてはなりません。恥ずかしさも先立ち、とりあえず気を鎮めるためのSさんの提案をありがたいとも感じました。 

 男性の若者向けブランドが多く集まる階に移動し、3人で私の服を見て回ります。それにしても・・・・・・この老舗百貨店は見たこともない価格の値札ばかりがついています。私は値札を盗み見るたびため息をつき、それとなくお断りの申し出をSさんに伝えました。しかしSさんは「日頃食事会につきあってもらっているお礼を兼ねて」と譲らず、結局高級な夏用ジャケットとブランド物のシャツ二枚、加えて皮のローファーまで選んでくれました。もちろんSさんは私が価格で委縮しないよう配慮してくれましたが、私は相場から合計金額を想像し、概算を想像するだけでクラクラしてしまいました。

 Sさんとゆりさんは、私の服を選ぶために百貨店をけっこう歩き回りました。その時、Sさんが常に先頭を颯爽と歩き、その少し後ろをゆりさんが歩く。更にその後を私が付いていく、という構図になりました。結果として私はいつもゆりさんの後ろ姿を眺めつつ、店内の空気全体を感じることができます。そして、私は二つのかすかな異変に気づきました。

 一つ目は、ゆりさんの服装です。前述したとおり、体にぴたっとフィットする黒いのワンピースは、ゆりさんの美しさを際立たせる格好の選択だったと思います。もともとプロポーションがよい上に、透けるような白い肌の光沢がワンピースの生地の艶と見事に調和し、一枚の絵画を眺め入る心持ちにさえなりました。

 しかし、今までの食事会の影響でしょうか。私は彼女の服を見るとすぐに下着のラインを探してしまうのです。そして今日のワンピースのどこにもそれらしきラインを見つけられないのです。食事会のように一目で裸身だと分かるわけではありません。私は直感しました。ゆりさんは今日も下着を一切身につけていません。

 ゆりさんと向かい合ったとき、それとなく目の前の双丘に視線を走らせました。小さな突起、彼女の息づかいが荒くなるとともに膨らみを増すあの二つの突起があるかどうか、確かめずにはいられませんでした。けれども・・・・・・それは見あたりませんでした。今でこそ「ニプレス」という小道具の存在を知っていますが、当時高校生だった私には知る由もありません。洋服のラインが彼女の肉体そのものとリンクしているのに、その部分だけは生地に反映されていないことを、とても不思議な気持ちで眺めていました。 

 上半身に比べて、下半身はより奔放です。ヒップの形がよくわかるのはもちろんですが、窮屈に押しとどめられている肉体が、当然のごとく薄い生地をさらに引き伸ばそうとしているのです。ヒップの部分は漆黒の光沢が少しだけ薄れる代償として、彼女の白い肌の光沢が内側から色味を見せているとさえ感じます。ヒップの中心に走る深いくぼみ、タテのラインがくっきりとした陰を伴い擦れる様子すら味わうことができました。

 そして、正面は更に淫猥でした。恥丘と呼ばれる女性の部分が、実はしっかりとした質感を伴って盛り上がっていることを、私はあのときに初めて知りました。ヒップほどではないのですが、悩ましい丘もまた自身を閉じ込める薄布の障害を、押しのけるように自己主張をしています。

 以前お話ししたように、ゆりさんには成人女性なら当然あるはずの淡い茂みがありません。少なくとも私には確認できません。従って、秘所とワンピースとのせめぎ合いは、当然つややかな肌と生地との直接の触れ合いに他なりません。そして、どうかすると悩ましい丘陵の形状を写し取る形で、生地が勝利の雄叫びを上げる様子も垣間見られます。秘所のなだらかなライン、そしてゆりさんが体をある方向に傾けるときにだけ現れる、丘を二つに割るかのごとき一筋の窪みを、私は見逃しませんでした。それは余りに美しく、余りに扇情的な光景でした。

 

 二つ目の気づき。それは、これほど官能的な服装に反応する人間が私一人だけであるはずがない、という事実です。私はエスカレーターに乗るとき、全ての男性の視線が彼女に注がれているのを感じます。男性服売り場に到着すると急に空気が色めきたつことに、私は恐れすら覚えました。ゆりさんが目の前を通るとき多くの男性があからさまな視線を投げつけます。ゆりさんが手を伸ばし、しゃがみ込み、そして声を出すとき、周りの男性が舐めるような目つきで彼女の体を見つめるのです。

 〝目で犯す〟この表現を初めて体感しました。言葉の表面的な理解ではなく、体に走る衝撃の一部として受けとめました。もしも男性の視線に熱量があるならば、ゆりさんは瞬く間に焼け焦げていたでしょう。もしも男性の視線が蛇の舌ならば、ゆりさんの体には無数の赤い舌が這い回り、唾液にぬめり、光り、全ての粘膜が嬲られていたことでしょう。 

 そして男性の視線の力が、一層の険しさを伴いながら増幅する瞬間が幾度かありました。それはゆりさんが私の体に服を当ててサイズや色合いを確かめる瞬間です。

「よく見ると、横溝君は意外と背が高いのね。服を当てるだけでも一苦労だわ」

 ゆりさんは笑いながら私の胸にシャツを押し当てて全体のシルエットを確かめます。その時に当たるゆりさんの指、腕、どうかすると腰のあたり。それらの一つ一つが僕を困らせます。ゆりさんが動くたびに、甘い香りが私を幻惑します。近づくにつれて目の前に迫る、ワンピースからこぼれそうな白い胸のうねりに、どうしても目が吸い寄せられていくのです。その瞬間、周りの男性の視線が一層きつくなることも感じました。ある者は、私とゆりさんの関係をいぶかるように見つめ、またある者は自身と私を取り替えて、ゆりさんの体を弄ぶ夢想に耽っているようでした。 

 オーダーメイドのシャツ売り場に着くと、ゆりさんはすぐに店員からメジャーを借りて、私の身体を計測し始めました。私の顎のすぐ下で上目づかいをしながら首回りを図り、後ろに回っては肩幅を測りと忙しく、けれど楽しそうに動き回ります。

「横溝君は胸板は薄めだけど、肩幅があるから実は胸囲はあるほうかもしれないわね」

 突然、後ろにいたゆりさんが、私に抱きついてきました。もちろん、そうしなければ後ろから回した右手のメジャーを、私の胸の前で左手に手渡すことが出来ません。しかしその行為は、私にとってはある種の〃仕打ち〃でした。なぜならゆりさんの体の全面が、特に豊かな胸が、私の身体と密着してしまうからです。

 私は全神経を背中に集中させます。そして柔らかな、しかししっかりとした主張を伴って押し返す二つの感触を味わいました。白桃のような甘い香りと、身体をドロドロに溶かしてしまうような温かな感触が、私の背中をみるみる汗ばませていきます。 

 ふいに険しい気配を感じました。目を向けると男性店員が立っています。彼の瞳はゆりさんの体を犯し、同時にその鋭い眼光が私の体を切り刻む。そのような錯覚をさえ覚えるほどの、嫉妬と羨望の入り交じる強い強い視線でした。

 

 Sさんは・・・・・・Sさんは一体どこにいるのでしょうか?