陽と月との間で―明日をのぞむ―

私の物語と私の考えたことを私なりの言葉で紡ぎます。

新しい靴を履いて街に出よう!

 



今週のお題「新生活おすすめグッズ」

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 私が新生活を送る方、送ろうと意気込んでいる方に是非お勧めしたいものはずばり!

 

「新しい靴」です!(パチパチパチ)

 

 「って、おーい、それじゃああまりに普通すぎだろう~!」という突っ込みが素晴らしい勢いで届きそうですが、それでもなお私は断固として「新しい靴」こそ最強の「新生活アイテム」だと言い放ちます。

 

 新しい生活。それは新しい場所で新しい日々を送ること。

 新しい生活。それは新しい風に吹かれながら新しい街の香を楽しむこと。

 新しい生活。それは新しい人と出会い、新しい「あなた」に出会うこと。

 

 私は新しい生活をそんなふうに定義しています。そして、その新しい〇〇を始めるために必要なこと。それは「自らが行動を起こすこと」なんですよね。

 

 新しい生活はあなたを受け入れてはくれても、それ以上のアクションを起こさないでしょう。新しい街には慣れたかな?新しい友だちはできたかな?新しい仕事も覚えたかな?と優しく問いかけられることはきっとないでしょう。では、どうするのか!?それは自分の脚で歩き、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の口から言葉を発する。新しい街に向かって、新しい人に向かって、こちらが飛び込んでゆく。その一歩こそがきっとあなたを「新しい生活」へと導くのだと思います。

 

 そんなとき〃はじめの一歩〃を後押ししてくれるのが「新しい靴」。おろしたての、キラキラ輝く靴。覚えていませんか?子どもの頃、新しい靴を履いて立ち上がり、一歩を踏み出すときの浮き立つような脚の記憶。私は子どもの頃、一度も新しい靴を買ってもらえませんでした。でも一度だけ、高校入学のときにお隣さんが入学祝いにと送って下さった靴のことを、今でもはっきりと覚えています。恐る恐る入れた足が靴にぴったりと収まる。その心地よい束縛と地面からの反発が、新しい私を足下から応援してくれているようで、本当に嬉しかった。

 

 だから、新しい生活を始める人は「新しい何か」と出会うために、ぜひ「新しい靴」を手に入れることをお勧めします。きっとその靴はかすかな不安を打ち消し、膨らむ夢に勢いを与え、新しい世界へダイブをするための羅針盤となるはずです。

 

「新しい靴」

 

新しい生活からほど遠い私も、なんだか欲しくなってきました!

 

 

第二章『近づき』 (その1)

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画像はイメージです

 はじめてSさん夫妻と出会ってから、早くも3年が経ちました。この文章が綴られる時間軸は、私が高校3年生の時代です。一応地域の進学校に合格し勉強に明け暮れる日々が続いています。

 前回も述べましたが、Sさん夫妻との食事会はあの後も数回行われました。基本的には「仕度待ち→歓談しながらのディナー→解散」のパターンでしたが、ゆりさんの服装は必ず私を困惑と歓喜と興奮とに導くものでした。そして今思えば、あれらの「衣装」は、初めて家を訪問した際に私が忍び入った部屋に吊るされていたものばかりだったのです。おそらくは、ゆりさんの衣装は毎回Sさんが選んでいたのではないでしょうか。Sさんの欲望にかなう「衣装」を、奥さんが従順に着こなす。大人になった今だからわかる、特殊で不思議な関係を、あの頃の私はまだ掴みかねて居た気がします。一方で、どんなときにも揺るがない二人の熱い眼差しだけは、私の脳裏に強く焼き付いています。

 

 私はその頃、様々な事に悩み苦しんでいました。将来への不安、学力的な重圧、そして私自身の生そのものに落とす暗い影。様々な抑圧と閉塞、時にはやり場のない哀しみを感じ、常に自身を否定する生活でした。家と学校を往復するだけの日々が続いた高校時代。一年ほどつきあっていた彼女との別れも経験しました。実際は手を握ったことすらないまま、一方的に別れを告げられました。もっと正確に申し上げると、二人の関係性を一歩進めようと提案したときに、驚いたような顔と共に「付き合っているつもりはない」と言われたのでした。今から考えると確かにそうでしたが、あの当時は私を打ちのめすには十分なほどの一言でした。そこから数日間はきっとひどい顔をしていたのだと思います。来週からちょうど夏休みになるという夏のある日。とぼとぼ、というよりも幽霊のようにフラフラしながらの帰宅する途中でした。

「横溝君!」

 低いけれど張りのある、よく通る声が私を捕まえます。

「あっ、こんにちは、Sさん」

「今、学校からの帰り?高校生は意外と早いんだね」

「はい、今日は模試の初日で、英語・数学・理科しかなかったものですから」

「そっか。模試という言葉を聞くのも懐かしいね。手応えはどうだったかな?」

 私はこのとき、きゅうに辛い胸の内を素直に打ち明けたい衝動にかられました。けれど、赤の他人がいきなりプライベートな問題をぶつけてきたら、Sさんと言えども引くんじゃないか・・・・・・。迷った結果、私は言葉を飲み込みました。しかしSさんは私から何かを感じ取ったのかもしれません。いきなり自分の話を始めました。

「僕は学生の頃、頑張っても頑張っても結果の出ないときがあったもんだよ。もしかしたら、今の横溝君もそうかもしれないね。ゆりが言っていたけれど、君は最近いつも青白い顔をして家の前を幽霊みたいに通り過ぎていくって心配してたよ」

 Sさんののんびりとした口調が静かに心に染み込んできます。同時にゆりさんが私を気遣ってくれていることに、温かな喜びと甘酸っぱい気持ちを覚えました。

「お気遣いありがとうございます。確かに、今、自分でもどうしていいかわからないぐらいスランプなんです」

 私は衝動的に弱音を吐いてしまったことを心のどこかで後悔しながらも、少しほっとした気持ちになっていました。

「こんなときはね、わざと勉強から自分を引き離すといいよ。わざと一切の勉強から離れると、意外とすっきりしてまた勉強をバリバリしたくなるものだから。横溝君に今一番必要なのは、普段とは異なる環境でリフレッシュすることだよ。」

 Sさんは、そのままたたみかけるように、

「ぼく達と気分転換に出かけないか?」

 この何気なく見える提案が、今回の物語の始まりになること、そしてSさん夫妻の秘密に触れることになるとは、そのときの私はまったく予想していませんでした。突然の誘い。戸惑いと驚き、そして心の奥底に湧いてくる〝ある期待〟。それらが私の頭の中を渦巻きます。Sさんは私の思いを見抜いたのでしょうか、いたずらっぽい笑みを浮かべます。

「もちろんゆりも一緒だよ。」

 独り言のようにつぶやくSさんの表情は、あの宴のときの顔を思い出させます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 それからまた数日経ったある日の休日。私は再びSさんと出会いました。

「おーい、横溝くーん」

 道路の反対側から声を掛けながら、大きく手を振っています。

「こんにちは、Sさん!」

 私はちょうど青に変わった横断歩道を渡りSさんの傍に駆け寄りました。

「散歩ですか?」

「そのようなもんだね、君は?」

「家に居づらかったので、これから図書館にでも行こうかなって」

 考えてみればSさんと私の年齢差は確実に30歳以上あったでしょう。私の母よりも年上だったはずです。しかしSさんの上品な物腰、洗練された服装、そして日々鍛錬している者のみが持ち得る上向きの身体ベクトルが、Sさんの年齢を10歳以上若く見せていました。さらににSさんの豊富な知識量と、それを奢らずにさらりと示す思いやりに、私は深く魅せられていました。気づけばSさんと話をすることをとても楽しく感じ、また私までもが立派な男性であるかのごとき錯覚を覚えたものです。

 もしかすると「こころ」の影響もあったかもしれません。私はこの時期、現実から逃れるように小説を読みあさっていました。特に夏目漱石芥川龍之介中島敦は愛読書でした。漱石の傑作「こころ」では、主人公の書生がひょんなことから〃先生〃と呼ぶ中年紳士と知り合う設定になっています。私も、Sさんと自身との関係を「こころ」になぞらえて、

〃この人は私に心の隔てを作らない、私を素のままで受け入れてくれる・・・・・・〃

そう感じたのかも知れません。

「この前の話だけどさ、都内のちょっと贅沢なホテルに数泊して、そこで羽を伸ばすことにしたんだ。横溝君さえよければ、日帰りで遊びに来ないか?」

 私はただ、日々の圧迫から逃れたい思いと、Sさん、そしてSさん以上にゆりさんと長い時間を共にいられる喜びが込み上げ、二つ返事で承諾しました。

「それはよかった!じゃあ、〇月〇日に××ホテルに来るといい。その後、一緒にショッピングに行ったり、ホテルのプールでリラックスすればいい。もちろん夕食はホテルのディナーを予約するから、一緒に食べてから帰るといいよ。」と、おっしゃってくれました。誰でも好きにならずにはいられない笑顔を見せるSさんを、私は本当に眩しく見つめました。

「僕はスポーツなら大概出来るけれど、泳ぎだけはダメなんだ。横溝君は泳げるかい?」

「はい、クロールと平泳ぎぐらいなら泳げると思います」

「それはありがたい! ゆりも泳ぎはまったくだめだから、是非マンツーマンで教えて上げてよ」

 その瞬間ゆりさんの水着姿が頭に浮かびました。と同時に私はなぜか、何かを直感しました。〃何か〃の中身を、自分でもきちんと形に出来ていたわけではありません。しかしゆりさんと水着という組み合わせが、何故かふいに甘い蜜に溺れ死ぬような息苦しさを私に感じさせたのでした。

「わかりました」

「じゃあ、よろしく頼むよ!でも、当日までゆりには内緒にしておこうな」

 Sさんは何かいたずらを企むような目をしていました。それは純粋ないたずらっ子の瞳にも見え、一方で反論を許さない支配者の目にも見えたのでした。

第一章『出会い』 (その4)

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画像はイメージです


 

 夕食の宴自体は至極普通でした。ゆりさんの手料理はとても美味しく、食欲旺盛な中学生の私にとっては、ごちそうレベルのものばかりでした。また、Sさんは話題が豊富な上に、話し方がとても上手で、おもわず声を上げて笑ってしまうほど和やかな雰囲気だったのです。しかし一方で私は気づいていました。この宴には別な意味、目的があることを。ただしその意味を理解するには、まだまだ幼かったと思います。

 私はSさんの話に楽しそうに応じ、そしてその話題をゆりさんと共有するためにも、彼女の方にときおり顔を向けました。ゆりさんは普段と異なり口数は多くはありませんでしたが、それでも笑みを浮かべ、ときにはゆりさんから質問をしたりもしました。

 今、私は〃話題をゆりさんと共有するためにも」〃と書きました。しかし、それは口実に過ぎません。ゆりさんに話を振る、あるいはゆりさんから話をしてもらう。それらの行為は全て、彼女の姿を見るための口実に過ぎません。ゆりさんに話しかけるとき、私は彼女の顔と同時に、豊かな胸に視線という名の舌を這わせます。ゆりさんが可笑しそうに笑うとき、私は彼女の脇腹を盗み見ます。そしてゆりさんが身振り手振りを交えて話すときに、私はゆりさんの編み目の服が溶けて、白い裸身がゆっくりと舞い踊るのを夢想するのです。

 

 私は確信していました。ゆりさんは私が見つめていることを、私が心の中でゆりさんの体にゆっくりと指をなぞらせていることを、そして桜色をした二つの丘や悩ましいラインを描く脇腹に、私の想像の舌が這い回っていることを……知っている、と。

 私がしばらく黙って見つめていると、ゆりさんは決まってSさんの方を見つめます。助けを求めるような、ご褒美をもらいたそうな、潤んだ瞳で。そしてSさんはその顔を愛しそうに眺めながらも、毅然とした様子で全く何事もなかったかのように楽しい話題を振るのです。 まったく奇妙な、そして淫猥な「宴」です。

 Sさんは何度か飲み物やデザート、ナフキンなどを取り替えさせるため、ゆりさんにお願いしていました。いや、お願いと言うよりも命令に近いものでした。

「ゆり、別なワインが飲みたいから持ってきておくれ」

「ゆり、そういえば赤肉のメロンがあっただろう、そろそろ運んできなさい」

 そのたびに、ゆりさんはピクンと反応します。その後諦めたように立ち上がり、席を離れます。ゆりさんの身体が動くたびに、私は彼女の後ろ姿をこれでもかというぐらいに見つめます。〝目で犯す〟という表現がありますが、まさしく私の視線はそれぐらい彼女の肢体に注ぎ込まれました。

 彼女はワンピース一枚の他には何もつけていませんでした。腰からヒップにかけての美しい曲線。そして窮屈に持ち上がった透けるスカートは、肌と密着するたびに白さを増してゆきます。陶磁器の白い肌が遠くの暗がりからもはっきりとわかるのです。

 白さと暗がり、絹の感触と絹のような肌の質感。それらが渾然一体となり、彼女の美しさを極限まで高めていした。ゆりさんがこちらに向かってくるときは、さらに私の胸は高鳴ります。そしてとても情けない話ですが、性欲が動物的な中学生はやはり女性の秘密の花園の部分にどうしても関心が向きがちでした。

 薄明かりの中、ゆりさんがテーブルに近づいてきます。放心した彼女の顔を見つめていたいのですが、私の視線はどうしても豊かな胸から絞り込まれるようなウエスト、そしてその下の迷宮へと目が泳いでしまいます。 私は期待をしていました。

〃編み目の奥に薄暗がりの一部が見えるに違いない〃と。

〃ヘアーによって淡い陰となった神秘的な部分が垣間見えるはずだ〃と。

 しかし、期待は裏切られました。もっと正しく表現するならば、混乱した、というほうが正しいでしょう。確かにゆりさんは下着を履いていません。しかし、そこには大人の女性ならば当然あるはずの、淡い茂みの陰が認められなかったからです。私は混乱していました。暗がりだから見えないのだと早合点し、かなりじっくりと見つめました。(今から考えると赤面ものですが)しかし、見えるものは白い肌ばかり・・・。

〃……ない!?〃

 当時は性表現に対する規制が厳しく、ヘアーが写った雑誌も御法度の時代でした。女性のヌード写真も、肝心な部分は(もちろんヘアーも含めて)ぼかしや、墨塗り的な処置が施されていました。だから、当時の中学生の男子にとってのヘアーとは、まさしく「性」そのものでした。

 だからこそ、その象徴としてのヘアーがないという事実は私をひどく混乱させました。当時から剃毛という行為があったのか、あるいは初めから無毛体質だったのか、今となってはわかりません。とにかく、むき出しの大腿部の眩い光沢と同種の輝きを放つ白さが、編み目の奥からほの見えるだけでした。

 

 私はふと視線を感じました。その視線は先ほど感じた負と正、邪と清が渦を巻き、二律背反性がそのまま濁流となって流れ込むような勢いを持つものでした。私はそちらの方向を見ることが出来ません。しかし、右の頬にはっきりと感じるのです。Sさんの視線を。彼は私をじっと見つめているはずです。ゆりさんを凝視する私を凝視しているのです。そして、ゆりさんは恍惚とした表情のままずっとSさんを見つめています。

 三人がそれぞれに異なる対象に興味を持ち、興奮をし、そして執着していました。三つのものが互いにかみ合って完結する図形を意味する〃三竦み(さんすくみ)〃のように、互いが別の誰かを強烈に欲していました。と、沈黙を破るようにSさんがゆりさんに命令します。

「ゆり、横溝君はお客様だよ。メロンも彼の傍できちんと切り分けてあげなさい」

 ゆりさんは頬をバラ色に染め、それでも精一杯普通に振る舞いながら

「よ、横溝君。メロンはお好き? 私が食べやすいようにナイフで切り分けて上げるから待っててね」

 と言いながら近づいてきました。

 ああ、私は困ってしまいました。私の鼓動が、私がつばを飲み込む音が、痛いくらいに突き上げる私自身が、ゆりさんに知られてしまう。でも、ゆりさんにもっと近くに来てもらいたい。もっと間近で彼女を味わいたい。そして、何より私に近づくことで恥じらいに頬を染め、細かく震えるゆりさんを見てみたい。矛盾する感情は私の手元を狂わせました。

 

!!!!!

 

 私は水の入ったグラスを落としてしまいました.不幸中の幸いで、厚い絨毯に守れたグラスは割れることを免れましたが、グラス内に残った水が私の服にかかり、残りが絨毯の上にこぼれ出てしまいました。

 さすがにこの事態には全員が慌てました。

「大丈夫かな?着替えた方がいいかな?」

「い・・・いえ、全然大丈夫です。」

 私は恥ずかしさと申し訳なさとでおどおどしてしまいました。

 「ゆり、横溝君の服を早く拭いてあげなさい。それに絨毯もはやく水分を取った方がいいかもしれない。」

「本当にごめんなさい!こういう場に慣れていないものだから。染みになるといけないので、絨毯から拭いて下さい。僕は本当に大丈夫ですから。」

 私は恐縮しながら、そして半分は自分の興奮を悟られまいとして早口でゆりさんにお願いしました。

「わかったわ。じゃあお言葉に甘えて、先に絨毯から片付けちゃうわね。」

といいながら、私に背を向けて絨毯にしゃがもうとしました。

 その時です。Sさんが低い声で一言だけおっしゃいました。

「ゆり、横溝君はお客様だと何度も言っているだろう。お尻を向けるのは失礼だ。きちん前を向きなさい。」

 私はその言葉の奥に潜む何かを感じました。思わずSさんを見ると、頬が少しだけこわばり、唇が乾き、のど仏が動く様子が見えます。そして、後ろ向きのままのゆりさんが、聞こえるか聞こえないぐらいの小さな喘ぎともに、「はい」と返事をする声が聞こえました。ゆりさんが、立て膝のままゆっくりとこちらに向き直ろうとします……。

 

……この続きを期待していた方々には大変申し訳ないのですが、とにかく創作ではない、実際に起こった出来事だけを書き連ねていきたいので、そのまま告白します。 

 ゆりさんが立て膝のままゆっくりと体を私に向け出したとき・・・、私は逃げてしまいました。

「す、すみません。トイレに行きたいの・・・し、失礼します。」

 それだけ言い残して足早にトイレに向かってしまいました。 

 もし、あのまま座っていたら、どうなっていたでしょうか。ゆりさんの体の正面が間近で見られたことでしょう。そしてミニスカートの間から、ゆりさんの謎、体の中心部分に陰りが見られない謎が直接見られたかもしれません。

 私はあの瞬間、いたたまれないほどの恥ずかしさと、突き上げるような快感と、そしてやるせないほどの罪悪感をほとんど同時に味わっていました。さらに、私の体の中心が抑制の利かない状態へと変化しました。とっさに、「このままではまずい」と判断したのだと思います。もちろん、今の私ならばこの場面で席を立つような行動は絶対しませんが。

 

 トイレに駆け込み呼吸を整え、ようやく自身を鎮めた私は、おそるおそるテーブルに戻っていきました。すっかり掃除も終わり、ゆりさんはテーブルに着いていました。Sさんも何事もなかったように、ゆりさんとたわいのない話をしていました。この後、夕食はあっけなく終了しました。私はけっこうあたふたしてしまい、食後のデザートを急いで食べ終わるとすぐにお宅をおいとましました。

「片付けがあるのでここで失礼するわね。美味しかった?もし、美味しかったら、次も必ず来てね」

 ゆりさんはまったく何事もなかったように話しかけて、台所に消えていきました。台所の光はとても明るい蛍光灯だったので、ゆりさんの体がよりはっきりと見えましたが、それも一瞬のことでした。

 Sさんは玄関を出て、門まで見送ってくれました。

「また、来てくれるかな?僕たちはいつも二人だけで食事をしているので、つまらないんだよ。君のような青年が来てくれると、ゆりも喜んでくれるし私も嬉しい。もし横溝君が嫌じゃなければ、月に1回ぐらいのペースでもいいから、是非いらっしゃい。」

 Sさんの声には自然と人を従わせる何かがありました。私は催眠術にかかっているかのように、ただ首を縦に振り続け、その様子を満足げに眺めるSさんを見て、なぜか心が安らぐの感じました。

 実際、その後もこの「宴」は続きました。もちろん毎月というわけには行かず、高校二年生になるまでの期間に、数回ほど食事に招待されました。そしてその度にこの不思議な「宴」が繰り広げられました。何が起こるわけでもない、ただひたすらに不思議で密やかな三人だけの「宴」。

 

 そして高校3年の夏。いよいよ私はこの二人の本当の関係性と、不思議な愛の形をはっきりと意識することになるのです。

お気に入りの飲み物=お気に入りの「カップ」に入れた飲み物

今週のお題「お気に入りの飲み物」

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 もしかするとお題から少しズレるかもしれませんが、私のお気に入りの飲み物は「自分が初めて働いたお金で買ったマイカップに入れた飲み物」でした。

 居場所がなくて辛く苦しい家を逃げるように家を飛び出した19の春。大学の学費も生活費も自力で稼がなくてはならない貧しい生活でした。それでも生まれて始めて親の目を気にすることなく呼吸をし、親の一挙手一投足に神経を尖らせることなく眠ることができる時間は、何物にも代えがたいものでした。

 飛び込んでは断られ、それでも生きるために必死に探し回ったバイト。やっと拾ってくださった酒屋の親父さんのもとで、力のない私が一生懸命運んだビールケースの山。転んで瓶を割り、手を大きく切ったときも親父さんにはそれを隠したまま、怒鳴られましたっけ。それでも呆れずに私を雇い続けてくれた親父さん。亡くなった今でもときどき思い出しては手を合わせたい気持ちになります。

 そして、初めてもらったバイト代で買ったのが自分だけのカップ。とりたてて特徴のない素焼きのカップです。なぜか素焼きは小さい頃からの憧れでした。そして親父さんの酒屋さんで買った大好きな不二家ネクターを買い、ボロいアパートでカップに注いだ時間は、今でもスローモーションのように瞼の裏で再現できます。

 それ以来、このカップに注がれてきた幾多の液体。そのどれもが美味しく、楽しく、そして夢と勇気を与えてくれました。だから、私にとってのお気に入りの飲み物はやっぱりあのとき買ったカップに注ぐ飲み物たちと言いたい気持ちです。

 

 えっ?そのカップはどうしたかって?

 長い間大事に使い続けていましたが、私の娘がふとしたことで割ってしまいました。でも、それをきっかけに今度は娘たちとおそろいのカップを買ったので、また新しい思い出を作れることになりそうです。

 

第一章『出会い』 (その3)

 ※「のぞむの物語」をいつも読んで下さってありがとうございます。ここまで読んで下さった方の中には「これはフィクション臭いな」と思われる人もいらっしゃるかも知れません。しかし、この物語は自身の経験をできるだけ虚飾は加えずに書き記しています。従って私以外の登場人物に関する心情を描く「三人称小説」的な表現は極力避けるよう心がけています。逆に、その時私が感じたこと、考えたことなどはできるだけ掘り下げて書いて参ります。言い訳がましい説明から物語を始めて申し訳ありませんでした。では引き続き「のぞむの物語」をお楽しみ下さい。

 

 では話に戻りましょう。

悪いとは感じつつも、中学生の私は好奇心を抑えきれずドアを開け、そして急いで体を滑り込ませ扉を背中越しにそっと閉めました。

 その部屋は……物置のような、あるいは衣装部屋のような、雑然とした部屋でした。靴を入れている箱、旅行用スーツケース、ちょっとした調度品……。それらが無秩序、無造作に置かれているだけでした。敢えてまとまりがあるとすれば、ざっくりと男物エリアと女物エリアとに分かれている……。そんな程度でした。一通り眺めてた私は、拍子抜けした気持ちと、なぜか安堵した感情がないまぜになったまま部屋を出ました。

 あのとき、私は何を予想し、何を期待していたのか。一言では言い得ません。性的な妄想だったか、それとも少しだけ不思議に見えた二人の関係を紐解く秘密を探していたのか。いずれにせよ、何かを期待して入ったことは確かなのですが、遠い記憶で薄いモヤがかかったようで、上手に表現はできないことをお許し下さい。敢えて印象に残った光景があるかと言われれば、女物の服の中になかなか見ない質感、形状の衣服があったことでした。煌びやかで妖しい服。軽くて柔らかく、そして何よりも薄さと小ささが目にとまる衣服群があったことでしょうか・・・。

 

 急いで部屋を抜け出しました。幸いなことに気づかれてはいないようです。それからしばらくたったころ、Sさんが帰って来ました。彼は私を緊張させまいと、少しおどけた様子で 話しかけてくれます。

「だいぶ暇しているようだね。『料理を早く出さなさいと横溝君が帰ってしまうぞ』って、妻を脅してくるから待っていておくれ。」

 Sさんはそう言いながら嬉しそうに台所に向かいました。更に30分ほど食事の準備に時間が掛かっていましたが、その間、私はテレビを眺め、戻ってきたSさんとおしゃべりをしながら楽しく過ごしました。

「遅れてすみません。豪華な夕食の準備がやっと出来ました!」

〝自分で『豪華な夕食』と言うなんて、ゆりさんは天然だな〟と可笑しく思いながら、私はSさんの後についてリビングに入りました。しかし私は、リビングに入るなり思わず立ち止まりました。もしかしたら「あっ!」と声を漏らしていたかも知れません。なぜなら私はここでとても不思議な、そして美しい光景を見たからでした……。

 

 ダイニングテーブルは美しく飾られ、美味しそうな食事が並んでいます。今までの部屋とは明らかに趣の異なる部屋でした。それが明かりの配置や照明器具のためなのか、それとも部屋の造りそのものが醸し出す印象なのか、私にはよくわかりません。それでも、部屋全体の様子が厳粛で、そして少しだけ妖しい輝きを放っていたと感じます。

 ゆりさんも、さきほどまでのラフな姿ではありません。髪は美しく結い上げており、長く白いうなじが淡い照明の中で艶めいています。服は黒いレースのワンピースに着替えられていました。丈が思ったよりも短く、長身のゆりさんが着ると膝上10㎝以上です。きれいで透き通るような、それいでどこかなまめかしい生足がキラキラしています。そして……ここまでならば特に代わり映えのない普通の〃素敵な服〃でした。

 しかし、私が声を上げたのは……ワンピースの素材でした。その頃の私ならば〃カーテン〃と表現したであろうレースのワンピースです。しかも、そのレースの目がとても粗く透けそうなのです。インナーなしでは着ることをためらうであろうざっくりとした編み目。部屋が暗くなっていることでかろうじてぼやけていますが、よくよく観察すると胸と下半身の一部は少し編み目が詰まっているようにも見え、かろうじて黒い陰となって隠されています。しかし、どうかすると下着が透けてしまうのではないか…という粗さであることに違いはありません。逆に背中やお腹周りは衣服としての意味を持たないほどの粗い編み目です。しかもゆりさんはその下にシャツを着ている様子が見られないのです。お腹に至ってはおへそのくぼみも垣間見ることができますし、血管が浮き出るような白い背中を十分に見ることができるものでした。私はふと、この服に見覚えがありました。先ほど忍び込んだ部屋。あそこにあった一着だったのです。

 

「さあ……どうぞ」

 ゆりさんはくるりと翻り、背中を見せながら私を先導しました。私は軽い目眩を感じながら彼女の背中をぼんやり眺めていました。と、あることに気づきました。ゆりさんの背中には一切の横切るラインがありません。編み目の奥で輝くのは、全て彼女自身の白い肌のみ。どこにも粗い編み目の下の布地が見られないのです。

〝もしかして……ノーブラ!?〟

 私はどきまぎしながら席に着きました。四角いテーブルの三方にそれぞれが座ります。Sさんを中心として、私が右側、ゆりさんは左側でした。従ってゆりさんは私の正面に座ることになります。私はそのときはじめて彼女を間近に、そしてはっきりと見ることが出来ました。やはり、私の想像したとおりでした。ゆりさんはワンピースの下には何もつけていません。なぜなら、彼女の美しい双丘の頂点に桜色の彩りが垣間見られたからです。とても白い肌、さらには暗い照明のおかげで、よく目を凝らさなければ気づかないかもしれません。しかし、ゆりさんが少し動くたびにその桜色が編み目の向こうで切なく歪み、擦られる様子が見えるのでした。

 私は自分でも気づかないうちに、かなり凝視をしていました。そして後から思えば、私が食い入るように見つめるその様子を、Sさんはじっと観察していたのだと思います。どれくらい時間が経ったでしょう。あまりに見つめすぎていることに気づいた私は、我に返ってゆりさんの顔に視線を戻しました。そのときのゆりさんの表情を、私は一生忘れることができません。

 ゆりさんはかなり上気した、得も言われぬ表情を湛えていました。大人になった今ならば〃忘我〃、〃恍惚〃といった語彙で表されるようなあの瞳と唇。私は体中に興奮の血がたぎるのを感じていました。

 そしてそのとき、ゆりさんの視線は私ではなくSさんに向けられていました。彼にお伺いを立てるような、許しを乞うような、そして何か言葉をかけてもらいたいような、そんな表情でした。

 私は視線をSさんに移しました。彼はゆりさんをじっとご覧になり、とても優しそうな、しかし威厳に満ちた表情をしていました。まるで初めておつかいという冒険に出る我が子を、愛しそうに、しかし毅然とした態度で送り出す親御さんの顔のようでした。

 Sさんは、ゆりさんから名残惜しそうに目を離すと、ゆっくりと私に視線を移しました。その時の目!それはそれは複雑な輝きでした。

怒り・嫉妬・非難・恫喝・・・。ありとあらゆる負の感情。しかし同時に、誇り・喜び・自慢・ひけらかし・・・。明らかに勝利を確信する目でもあるのでした。

 私は思わず目を伏せました。私の中で恐怖と興奮、敗北と歓喜、逡巡と欲望とが渦巻きます。その瞬間Sさんが沈黙を破りました。

「さあ、横溝君の我が家でのデビューを祝して、乾杯をしよう!」

 

 それが「宴」の始まりの合図でした。

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※画像はイメージです

 

コミュニケーションにおける男女の違い

 

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写真はイメージです

 この前テレビを見ていたら、とあるバラエティーで面白い話をしていました。最新の脳科学が解き明かす、男女の“脳の違い”が引き起こす様々な言動についてです。うろ覚えではありますが、一例をご紹介すると…… 

☆女性のほうが、言葉を司る部分と感情を制御する部分の関係性が強い。

→・女性のほうが接客業に向いている。(感情を豊かに言葉にできるから)

 ・女性は問題が生じると“相談”によってストレスを緩和する。

  (男性は黙って一人で考え込む傾向が強い。) 

☆記憶力は女性のほうが良い。

→・記憶すべき対象を身近なイメージと結びつける働きがスムーズだから。

 ・女性は記念日などを感動や風景と共に覚えるが、男性は苦手。 

☆服を選ぶのに時間がかかるのは女性。

→・女性は色、形を判断する脳の部分が男性よりも充実している。

・男性には似た色、形に見える物も、女性には異なって見えるため選択肢が増える。

・ちなみに男性は動くものに脳が反応しやすいらしく、スポーツ観戦、乗り物に興味を示すそう。 

 などなど、思わず“へぇ~”ボタンを押したくなる内容でした。もちろん女性でも男性っぽい人はいますし、逆もしかりですが、一般論としてはこのような傾向が出やすいのだ、とのことでした。

 この番組では男女の脳がうまれつき異なるのか、それとも後天的学習によって一定の方向に矯正されていくのかについては論じていませんでした。もちろん性同一障害の方の場合や、同性愛の方などについても触れてはいません。 ですからこのバラエティーだけをもって決めつけることは危険ですが、当たっている部分もあるのかな?とは感じました。

 

 特に私が興味を覚えたのは「女性が相談する」という話。女性はいろいろなことを相談します。彼氏の相談、夜の営みの相談、姑の相談、子供の相談……。成人した男性がこれらのことを友人と相談することなど、めったにないと思います。

「オレの彼女……するときに必ず○○なんだよ。」

などと他人に話す男性を見たことがありません。もちろんこんな例はあります。

“オレは昨日、彼女と一晩に3発もやったぜ! 彼女はよがり狂って『許して~』なんて言ってたぜ”(※下品な例えで申し訳ありません。)

 しかし、この類の話は「自慢話」であって(そして、だいたいの場合は誇張された表現になっていますが)“相談”ではありませんね。

 考えてみれば、男性はいつからか言葉を捨て去ってしまったかもしれません。

不言実行

・沈黙は金、雄弁は銀

・男は背中で語るもの

・男は黙って○○○

・以心伝心 etc… 

 日本の社会は男性から言葉を奪ってきた社会であるようにさえ感じられます。だからコミュニケーションすることの本当の意味をわかっていないのかもしれません。 

・自慢話や手柄話ばかりをする。

・昔話が止まらない。

・命令や指示をすることだけが会話だと思っている。

・知識をひけらかし、薀蓄を語りたがる。

 私たち男性のコミュニケーションの、なんと一方的で貧相なことか!私はコミュニケーションとは同化と異化のコラボレーションだと思っています。

孤独な心が話し合いによって溶けていく。

重苦しい心が相談によって軽くなる。

寂しさが何気ない言葉のやり取りで薄まっていく。

コミュニケーション。それは他者と私との同化作用。

 

 一方で

狭い視野が示唆に富む指摘で広がっていく。

硬い心が鋭い一言で壊されていく。

偏見が、豊かな言葉でしなやかな思考へと昇華する。

コミュニケーション。それは他者による私への異化作用。

 

言葉でつながり

言葉で和らぎ

 

言葉で安らぎ

言葉で奮い立つ。

 

言葉は人をつくり

つくられた人はまた言葉を紡ぐ。

 

 言葉と人との限りない循環作用がこの世界をつくってきたと考えるとき、男性の言葉の喪失を、私たち男性自身が今一度省みる必要があると感じます。

 

何かにつけては集まって話し合う女性を

店先で何時間も立ち話をする女性たちを

 

 若いころは“無駄なことをしているな”と軽蔑していました。しかし今は“私も少しは見習わなくちゃ!”と敬意をもって眺めています(笑)。確かに脳の違いもあるでしょう。けれどそれを口実にすべきではないな、と感じています。女性が男性を見上げて尊敬するように、言葉の面では、男性が女性を仰ぎ見て学ぶ……。

 

 そんな世界が早く来るといいですね。

第一章『出会い』 (その2)

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写真はイメージです


 Sさんのお宅に初めて招待された日はちょうど梅雨が明けた時期で、熱い日差しが一日中照りつけた後の夕方でした眺めながら玄関にたどり着き、アンティークな呼び鈴を何度か揺らすと奥から「ハーイ」という優しい声がし、しばらくするとゆりさんが玄関を開けて下さいました。 

 ティリリン・・・

 くぐもってはいますが、優雅な音が室内に響き渡っているようです。私が押した呼び鈴に反応した機械が、Sさんを呼び出しているに違いありません。豪邸にふさわしく、呼び鈴のボタンには、呼び鈴の機能のみが備わっているらしく、無遠慮なカメラが私を見据えることもありません。私は玄関が開くまでの間改めてSさんの庭を眺めました。

 青銅作りの立派な門をくぐると煉瓦が敷き詰められた小道のアプローチが続きます。その小道に沿うように花壇が設けられています。植えられている白い花はくちなしでしょうか。花に疎い私は国語便覧に載っている花を一生懸命に思い出そうとしましたが、途中で諦めました。よい香りが初夏の爽やかな夕方を優しく包んでいます。

 

 ガチャリ

 カギの外れる音とともに、重厚な木の扉がゆっくりと開きます。中からひょこっりと顔を出したのはSさん……ではなく、ゆりさんでした

 ゆりさんは膝が破れた細身のジーンズに、ブルーのTシャツというラフな出で立ちです。外で見かけるときは、もっと表向き、いわゆるお嬢様的な服装でした。例えばフレアのスカートに飾りのついたブラウスのような服装です。その姿を見慣れている分、カジュアルな装いのゆりさんはいつも以上に若く見えました。同時に私の緊張した心が少し落ち着いてきたようです。 

「こんな格好でごめんなさい!実は横溝君を招待するから、お家を掃除したり、買い物に行ったりしていたの。それに今、少し手の込んだ料理を作っているから、動きやすい服装がいいと思って。」 

 ゆりさんは私の疑問と驚きを先取りしたかのように、笑いながら弁解しました。 

「と…とても似合ってます…。それに…僕に近い格好だから…緊張しなくて済みますし…。」 

 私が口ごもりながらも慌てぎみに答えると、ゆりさはにっこりと微笑みました。

「あら、意外と社交辞令も使えるのね。デモ『似合う』と言ってくれてありがとう!」

 ゆりさんが玄関の扉を押さえる横を、私はいそいですり抜けて中に入ります。ゆりさんの横をすり抜けるとき、甘く切ない香りが漂いました。

「どうぞ!遠慮無くあがってちょうだい。」

「ありがとうございます。じゃあ…おじゃまします。」

「そのまま真っ直ぐ歩くと、右側に扉の開いている部屋があるから、そこで待っててちょうだい。私はキッチンに戻らなくちゃいけないから。ゆっくりしててね。」

 後ろでしゃがみながら私の靴を揃えてくれるゆりさんに気づき、靴を揃えず上がったことを悔やみながらぼーっと突っ立ったったままでいると

「はいっ!入った入った。あっ、この格好気になるんでしょ。もちろん準備が終わったらきちんと着替えるからね!それに……主人も用意しているだろうし……」

 と、聞いてもいないのに一方的にまくしたて、そのまま言葉を続けながらキッチンの方へと消えていきました。

 そのとき、〃それに……〃に続く言葉は、私に対して語ったというよりも自身に言いきかせるつぶやきに近いものでした。そのときはまだ、意味もまったくわかりませんでした。私は後にその言葉を思い出し全てを了解することになるのですが、それはもっとずっと後の事になります……。

 

 応接間とおぼしき部屋に入ると、そこには既にジュースとお菓子が用意されていました。キッチンやダイニングはまた別なところにあるらしく、ここはお客様を通す専用の部屋でとして用意されているようです。ときおり遠くのキッチンからゆりさんが気を遣って声を掛けてくれました。私はそのたびに 

「大丈夫です! ありがとうございます」

と答えながら、ぼんやりと待っていました。 

 十分程経った頃でしょうか。私はふいにトイレに行きたくなり、少し大きな声でトイレの位置を訪ねました。

 「ごめんね!今手が離せないの。トイレは廊下に出て、玄関と反対の方向に歩いて行くと左側にあるわ。扉にバラの絵が彫ってあるからすぐわかるわよ!」

 ゆりさんの遠くからの声のとおりに歩き、目的地を探した私は用を足して出てきました。ふと目を遣ると、さらに奥に続く廊下があり、その向こう側にも扉が見えました。そこは位置的に、私の家の二階から見下ろせる部屋です。いつもブラインドが閉まっているその部屋は、私にとっての「開かずの間」で、勉強に飽きたときふとその部屋の窓に目が向きました。 

〝ゆりさんが顔を出さないかな~〟

〝あの部屋は居間かな?まさかお風呂場じゃないよな!?〟 

 妄想の材料となる〃あの部屋〃であることを思い出した時、既に私の足はその部屋に向かっていました。今思い返しても、あの時の私の行動はおかしかったと思います。しかし、そのときはなぜか無性にあの部屋を覗いてみたい欲求に包まれていました。私は後ろを振り返り振り返り、ゆりさんの気配が傍にないことを確認すると、そっとドアに近づきました。そして、ゆっくりノブを回してみると、その扉は音もなく静かに開きます。次の瞬間、私はその部屋の中に体を滑りこませていました……。